c.がん発症と野菜摂取の関係
(1)複数のがんと野菜の関連
がんと食事の関係を幅広く捉えた報告書が1997年に発表されました。この報告書は世界がん研究基金と米国がん研究財団の支援により、世界のがん疫学研究者が集まって、約4,500の研究論文を整理し、それまでの研究データに基づいてがんと食事の関係が示されました。これはがん予防15か条としてまとめられました。しかし、2007年11月に新たな報告書が発表されました。詳細はすでに2007年の注目論文として紹介しましたので、そちらをご覧下さい。
その他の8つの論文は表3にまとめました。このうち、4つは総説やメタアナリシス、あるいは世界全体を対象としたものです。1990年代の総説では野菜・果物はがんのリスクを低下させることを示しています。2005年のWHO資料に基づく論文では、世界のがん死亡の原因について解析し、主要因として喫煙や飲酒、肥満に加えて、野菜や果物の摂取の低いことも挙げています。2007年の総説では、論文を信頼度別に分類し、もっとも信頼度の高い論文では80%が野菜の総摂取は全てのタイプのがんに対してリスク低下をみています。
表3 がんと野菜摂取の関連
| 研究番号 |
発表年 |
研究名 |
対象者数等 |
調査期間 |
結果の概要 |
|
1992年 |
総説 |
1980年代の170の論文をまとめる |
|
132の論文が野菜・果物の効果を確認、大腸、肺、胃、食道、口腔、膵臓のがんでの有効性が高い。 |
|
1996年 |
総説 |
206の人を対象とした疫学研究と22の動物実験 |
|
胃、結腸、食道、肺、口腔、直腸、乳、膵臓、膀胱がんにおいて野菜・果物がリスクを低下。 |
|
2002年 |
アイオワ女性健康調査(コホート、米国) |
34,708 |
13年 |
食事を4段階で評価し、全がんと結腸、気管支と肺、乳、子宮がんにおいて最高評価は最低評価に比べてリスク低下。 |
|
2003年 |
総説 |
200以上の研究をまとめている |
1990年代の研究 |
問題点を整理、患者対照研究の方が野菜の効果を確認全粒穀類やサプリメントの影響が考慮されていないと指摘 |
|
2003年 |
メタナリシス |
対象者数は不明 |
1973から2001年 |
コホート研究と患者対照研究を調査、食道、肺、胃、結腸・直腸などのがんでは野菜・果物の効果が顕著 |
|
2004年 |
国際がん研究機関 |
ヨーロッパ10カ国519,978人 |
1993から2003年 |
結腸・直腸、肺、上部消化器がんに対して野菜・果物、食物繊維が予防効果 |
|
2005年 |
比較リスク評価共同研究グループ |
WHO部位別がん死亡率データ等 |
2001年 |
世界のがん死亡の主たる原因は喫煙、飲酒、低果物・野菜摂取による |
|
2007年 |
総説 |
74の論文 |
|
野菜全体では59の論文がリスク低下を確認 |
(2)肺がんと野菜摂取
肺がんと野菜摂取の関係についての研究は表4にまとめました。1990年代始めの研究と2000年代はじめの研究をピックアップしました。肺がん発症と野菜摂取についてはっきりと相関がみられるのは、米国のアイオワ女性健康研究だけです。2000年に行われた米国や最近のヨーロッパの大規模な研究やメタアナリシスの結果はかならずしも野菜の予防効果を明確にはしていません。2007年のヨーロッパの大規模コホートでも喫煙者ではリスク低下がみられますが、対象者全体での有効性はみられませんでした。今後、更に研究を積み重ねることが必要です。
表4 肺がんと野菜摂取の関連
| 研究番号 |
発表年 |
研究名 |
対象者数 |
観察期間 |
結果の概要 |
|
2000年 |
看護婦健康調査(女)、医療専門家追跡調査(男)(コホート、米国) |
女:77,283男47,778 |
12年 |
女性の場合は果物・野菜摂取でリスク低下、男性では関係はなかった。 |
|
2001年 |
ヨーロッパ男性コホート(オランダ、フィンランド、イタリア) |
喫煙者:1,578 |
25年 |
3カ国全体では果物に効果。野菜摂取では効果はない。 |
|
2003年 |
米国、カナダの8つのコホート研究のメタアナリシス |
430,281 |
1976〜1996年 |
肺がん発症に対する野菜の効果は低いとしている |
|
2004年 |
ヨーロッパ大規模コホート(EPIC) |
478,021 |
1992〜1999年 |
野菜摂取によるリスク低下は見られない。果物では有意のリスク低下。 |
|
2007年 |
ヨーロッパ大規模コホート(EPIC) |
478,590人 |
1992年〜2000年 |
野菜摂取によるリスク低下は見られない。果物では有意のリスク低下。喫煙者では野菜摂取でリスク低下 |
(3)胃がんと野菜摂取
表3に示した患者-対照研究の中でも胃がんと野菜摂取の関連を示す論文が多いことが分かります。その他の研究例を表5に示しました。1990年に報告された日系ハワイ人の研究のうち、2番目の患者-対照研究の場合では野菜摂取の多いグループでは胃がんの相対危険度は低くなっていますが、1番目のコホート研究では野菜摂取の関連性は見られません。
最近の研究報告では、スウェーデンの双子での研究は野菜・果物摂取の多いグループではリスクが低下することが示されています。 日本人の胃がんと食事の関連についての2002年発表の2つの論文では、黄色、白色野菜、果物の摂取量とリスクの関係がみられています。また、2005年の日本人に関するコホート研究では、野菜や果物の摂取と胃がん発症の関係は明確ではないようです。
他方、米国のアイオワ女性健康調査のコホート研究では、上部消化器がんの発症との関連が示されています。
このように胃がんについては、野菜や果物の予防効果を示す研究が多いようです。
表5 胃がんと野菜摂取の関連
| 研究番号 |
発表年 |
研究名 |
対象数 |
観察期間 |
結果の概略 |
|
1990年 |
ハワイ日系アメリカ人男性コホート |
7,990 |
約20年 |
150例の発症。患者では果物、乾燥野菜の摂取が少ないが、統計的には有意ではない。 |
|
1990年 |
ハワイ日系アメリカ人男性(患者対照研究) |
8,006人から選択
111例の患者-対照361 |
18年 |
野菜を1日80g以上摂取するグループでは非摂取者に比べてリスクが低い。 |
|
1998年 |
スウェーデン双子コホート |
11,546 |
21年 |
野菜・果物の最も少ないグループでは最も高いグループに比べてリスクは5.5倍。 |
|
2002年 |
福岡在住者(コホート) |
13,000 |
約10年 |
116人が胃がんで死亡。緑黄色野菜摂取と関連。 |
|
2002年 |
日本公立健康センターコホート研究 |
男19,304
女20,689 |
10年 |
黄色野菜、白色野菜、果物をそれぞれ1日1回以上摂取するグループでは1回以下のグループよりリスクが低い。 |
|
2002年 |
アイオワ女性健康研究(コホート、米国) |
閉経後女性34,651 |
14年 |
黄色野菜、オレンジ、野菜摂取で上部消化器がんのリスクが低下。 |
|
2005年 |
がんリスク評価共同コホート |
約11万人 |
約10年 |
個別の野菜と胃がん発症には関係がない。野菜総量での相関はみていない。 |
(4)大腸がんと野菜摂取
表1に紹介した論文の中でも、大腸がんの発症が野菜の摂取量が多い場合には低くなるということが示されていましたが、ここではそれ以外の研究を表6にまとめました。1990年代前半に発表された研究は米国におけるものですが、野菜の摂取が多い人達では大腸がん発症のリスクが低くなることを示しています。1番目の論文は少し古いものですが、メタアナリシスといわれる方法で、複数の研究論文から判定された結果ですが、1970年代、80年代の研究論文からは野菜の摂取が大腸がんのリスクを下げるという論文が多くなっています。
他方2000年代になってからの研究論文では必ずしも結果は一致していません。スウェーデンの研究では野菜や果物の効果を示しています。また、オランダのコホート研究では女性のみに野菜・果物の有効性が示されていますが、男性では関連がないという結果になっています。米国の医療従事者を対象とする比較的大きなコホート研究では、野菜や果物の摂取と結腸がんのリスクには関係がないという結果になっています。最近の研究では、患者-対照研究が多く、結果も野菜のリスク低下効果を示すものと、ないとするものが見られます。また、2つのわが国のコホート研究でも結果は野菜・果物摂取によるリスク低下はみられていません。2006年に発表されたレビューでも、採用された15の研究のうち、12の研究では結腸・直腸がんのリスクと野菜摂取の関係がみられていません。2007年に発表された総説でも、対象者全体での野菜摂取による大腸がんリスク低下はみられませんでした。従って、現状では大腸がんに対する野菜摂取の効果を断定することは難しく、今後の更なる研究が必要です。
表6 大腸(結腸、直腸)がんと野菜摂取の関連
| 研究番号 |
発表年 |
研究名 |
対象者数等 |
観察期間 |
結果の概要 |
|
1990年 |
総説
結腸がん |
1970-1988の種々のタイプの研究37を調査 |
|
食物繊維の多い食事と野菜摂取の多い食事ではリスクが低下。 |
|
1992年 |
がん予防研究U(コホート、米国結腸がん) |
764,343
1,150例の結腸がん |
6年 |
野菜、食物繊維の多い穀類で男女ともにリスク低下。 |
|
1994年 |
アイオワ女性健康調査(コホート、米国) |
41,837 |
5年 |
野菜、食物繊維摂取との関連がある。 |
|
2000年 |
看護婦健康調査(女)、医療専門家健康追跡調査(男)
(コホート、米国) |
女88,764
男47,325 |
女16年
男10年 |
結腸がんでは果物、野菜摂取との関連はない。 |
|
2000年 |
食事とがんオランダコホート |
女62 ,573
男58,279 |
6.3年 |
結腸がん
野菜・果物の摂取を5段階に分けて女性のみリスク低下。
男性、全体では相関はない |
|
2001年 |
スウェーデンマモグラフィー検査コホート |
61,463 |
9.6年 |
大腸がん
野菜・果物の摂取を4段階のグループに分けて最も低いグルプと最も高いグループでリスクに差がある。特に果物での差が大きい。 |
|
2005年 |
がんリスク評価共同コホート(日本) |
女:45,181
男:62,643 |
9.9年 |
男性のみ緑色葉野菜摂取でリスク低下
女性では影響なし |
|
2005年 |
2つのコホート研究のまとめ(日本) |
88,658 |
6〜8年 |
果物、野菜、果物・野菜でも総体リスクは変わらず |
|
2006年 |
総説 |
15の研究 |
|
12の研究では野菜摂取との関係がない。果物でもほぼ同様。 |
|
2007年 |
総説 |
14の研究対象者:756,217人 |
|
野菜摂取の多いグループのリスクは0.94で有意ではない。
但し、遠位結腸がんは野菜摂取量を増やすと、リスクが有意に低下 |
(5)乳がんと野菜摂取
これまでの研究では、脂肪摂取量と乳がんの発症には高い相関があることが示されていましたが、野菜の効果をみた研究はそれほど多くはありませんが、表7に代表的な研究をまとめました。
わが国で行われた研究では、閉経前の女性では緑黄色野菜やいも類の摂取が多くなると、乳がんのリスクは低下することを示しています。その他に豆腐、鶏肉、ソーセージもリスクを低下させるようです。しかし、こうした影響は閉経後の女性では観察されていません。
2000年代の2つの研究は、メタアナリシスと複数のコホート研究のデータをまとめています。メタアナリシスの研究では、野菜摂取の多い人々は乳がんのリスクが低下することを示しています。また、この研究では果物にも効果が観察されています。8つのコホート研究のデータをまとめた研究では、野菜摂取の効果はほとんどないと結論しています。2004年のヨーロッパ大規模コホート研究でも野菜の効果はみられていません。米国のコホート研究では、乳がんをエストロジェン陽性と陰性に分けると、陰性の場合には野菜摂取と関係する可能性が示されています。このことは乳がんのタイプによって野菜の効果が異なることを示唆しています。
2007年では、野菜の多い食事パターン、地中海食との関係をみた論文、あるいは乳がんからの生還者に対する食事介入の研究など研究の方向が多様化していることが明らかになりました。
表7 乳がんと野菜摂取の関連
| 研究番号 |
発表年 |
研究名 |
対象者数 |
観察期間 |
結果の概要 |
|
1995年 |
愛知ガンセンター病院
患者対照研究 |
36,944人から抽出
患者1186
対照23,163 |
|
閉経前患者では、豆腐、緑黄色野菜、ジャガイモ・サツマイモ、鶏肉、ハム・ソセージの摂取が少ない。閉経後患者では魚の摂取が少ない。 |
|
2000年 |
メタアナリシス |
26の研究例(13ヶ国の研究) |
|
野菜、果物でリスクが低下。 |
|
2001年 |
総説
3ヶ国、8のコホート研究 |
351、825
患者7377 |
|
野菜・果物の摂取との関連はない。 |
|
2004年 |
ヨーロッパ大規模コホート研究(EPIC) |
285,526 |
1992-1998年の調査から2002年まで観察 |
野菜、果物と乳がん発症との関係は観察されなかった。 |
|
2005年 |
看護婦健康調査コホート |
121,700 |
18年 |
エストロジェン陰性の乳がんでは食事の特性と関連があり、野菜の予防効果が示唆される |
|